プロレス(最近はドラゲーがメイン)・K-1・総合格闘技 & 絵本について思う事


by ts-1863
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プロレス混迷期1

新日黄金期終盤から、外人スター選手の引き抜き合戦、新団体誕生などと、プロレス界は混迷期あるいは転換期を向かえた。
猪木が自ら提唱したIWGPの王座決定戦で、ホーガンのアックスボンバーで失神した。一般の新聞紙上でもニュースとして扱われた大事件であった。
猪木・馬場の2大巨頭の時代が終わりつつあったのだ。
ハンセン/ジェットシンが全日へ、ブッチャー/ブロディが新日へと引き抜かれた。
長州力の「噛ませ犬」発言から、藤波・長州の「名勝負数え歌」が生まれ、日本人対決路線が本格化した。
また、国際軍団との対立もあり、新日ではより殺伐とした色合いが濃くなった。
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# by ts-1863 | 2004-07-08 22:06 | 格闘技 | Comments(0)
G・馬場は、もう既にエースから1歩引いていた頃だったので、のんびり試合をしてた。軽くステップを踏んだだけで、会場はどよめいた。相手が場外に落ちたら、「馬場、飛べ!」と野次がとんだ。また、相手のバックをとったら、「馬場、ジャーマン!」と野次がとび、場内は大爆笑だった。
あと、前座で無名の若手がいい試合をしていた。スピードがあり、動き・技に切れがあった。実はそれが、若き日の小橋健太だったのだ。やはり、スターになるやつは最初から違うなあと、つくづく思った。
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# by ts-1863 | 2004-07-06 12:17 | 格闘技 | Comments(0)
プロレスの話にもどろう。
大学生になって、初めて会場に足を運んで生の試合を観た。知り合いから全日の試合のチケットをたまたまもらったのだった。会場は近くの市民文化センターの体育館だった。2階席だった気がする。TVではわからない色々な事が見れておもしろかった。
まず、前座とメインイベントとの選手のテンション・力の入れ具合の差には驚いた。前座の試合では、10分経っても汗もかかず、バンバンいい音がしてても実際には殴ったり蹴ったりはあまりしてなくて、足でリングを踏み付けて音を出しているのがよく解った。一方、メインでは、天龍やハンセンだったと思うが、5分もしないうちに汗びっしょりになり、一つ一つの技の重みや迫力が違った。
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# by ts-1863 | 2004-07-05 11:09 | 格闘技 | Comments(0)

功夫をはじめて

大学生になると、周りにプロレス仲間はいなくなった。そこで、功夫を習い始めた。(ことわっておくが、通信教育ではない。)
最初の2年間は、週に2回きちんと道場に通い(と言っても公園やビルの屋上なのだが)、家でも結構練習した。大学3・4年になると、講議やサークルが忙しくなり、練習回数は減っていった。日本で初めて開かれた功夫の散打の大会(演武ではなく、グローブとマスクをつけて実際に殴り合う形式)にも出た。元来、
体力はなく練習不足でもあり、すぐに負けてしまった。それでも、この頃が自分の格闘技体験(実戦)のピークであった。
その後は、断続的に太極拳などを続けている。今は全くの趣味・健康づくり程度である。以前のように飛んだり跳ねたりできない。すぐ腰にくるのだ。30才を過ぎたとたんにそうなった。これからは、細ーく長ーく行くしかない。
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# by ts-1863 | 2004-07-03 15:22 | 格闘技 | Comments(0)

空手や功夫への興味

この頃から、他の格闘技にも興味を持ち始めた。極真などの空手や功夫である。
空手バカ一代のマンガはよく読んだが、空手をやろうとは思わなかった。ごつい
感じがして自分には向かないと思ったのだ。
功夫では、ブルース・リー亡きあと、ジャッキー・チェンが人気であった。
ニヒルでかっこいいリーより、コミカルで派手なアクションのジャッキーの方が僕は好きだった。
さらに、当時『少林寺』が公開され、新しいスター「リー・リンチェイ」が登場した。(今はハリウッドスターのジェット・リーである。)映画館で2回、レンタルビデオ・TVでも繰り返し見た。技が凄すぎて、何回見ても飽きないのだ。
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# by ts-1863 | 2004-07-03 07:27 | 格闘技 | Comments(1)

プロレスごっこ

高校の時のプロレス友達は、筋金入りで濃かった。昼休みは毎日のように体育館のマットの上でプロレスごっこをやっていた。ドロップキックにはじまり、ジャーマン、ムーンサルトプレス、ムーンサルトキックにも挑戦していた。先生からは、「何だこの男たちは?!」とまで言われていた。(やめろ!とは言われなかった。)
コアな友達は、コンビで色々な技の応酬のパターンを持っていた。学校の文化祭では、その二人がタイガーマスクとブラックタイガーに扮し、すばらしいパフォーマンスを見せて会場をわかせた。
タイガーマスクをやっていた友人は、プロ意識をもっていた。(といっても学生のプロレスごっこでの話しだが、、。)「子どもの夢をこわしちゃいけない。」と言って、子どもが控え室を覗いている間はマスクを取ろうとしなかったのだ。
また、僕も文化祭で別の友人とやったが、アトミックドロップがまともに尾底骨に決まり、脳天まで痛みが走り頭の中が一瞬真っ白になり、筋書きをすっかり忘れた事があった。それを見たそのコアな友人は、一言「練習不足やな」と。どこまでも本気な友人には脱帽であった。
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# by ts-1863 | 2004-07-02 16:16 | プロレス黄金時代 | Comments(0)

全日派?新日派?

高校の時には、全日派と新日派に分かれていた。といっても僕のまわりはほとんど新日派だった。元々は全日からプロレス好きになった僕も、アットホームでのんびりした感じの全日の雰囲気に飽き足らなくなっていた。新日のスピーディでやや殺伐とした緊張感の方が好くなっていた。この頃の全日の試合のビデオを早送りして見ると、新日の試合のスピードになった事を思い出した。
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# by ts-1863 | 2004-07-02 15:19 | プロレス黄金時代 | Comments(0)

たくあんの煮物

香川県には、たくあんをしょうゆ・砂糖・鷹の爪で煮て、きんぴらっぽくしたお惣菜があります。あつあつのごはんといっしょに食べるとまいうーです。食欲が無い時も、これがあればごはんが食べられます。
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# by ts-1863 | 2004-07-01 21:28 | その他 | Comments(2)
小・中学校時代の友達も、高校生になるとプロレス観戦を卒業していく者が多かった。久々に会ってプロレスの話しを持ち出すと、「まだ観てるの?!」と
子ども扱いされた記憶がある。
中学生の頃までは、プロレスは真剣勝負だと信じていた。高校生になり、少し疑い始めるも、タイトルマッチだけは真剣だとまだ思っていた。でも、村松友視の本を読んだりして、現実に気付き始めた。しかし、それでもプロレス好きは何ら変わらなかった。筋書き(アングルと言うらしい)のあるショーだとしても、あんな技をかけたり、かけられたり、受けたりする凄さには変わりが無い。技がいいタイミングでバッチリ決まる瞬間はたまらない。筋書きがあってもなかなかビシッとはいかないものだ。それなりの才能と努力と実力が必要だ。それで十分楽しめるのだ。もちろん、ガチンコかつ魅せる試合であればなおいいに決まっているが。
今の新日にはいいストーリーを考えるブレーンがいないのだろう。中途半端な総合格闘技路線でアップアップしている感じだ。今一番プロレスらしいプロレスをやっているのは、闘龍門だと思う。ウルティモ・ドラゴン校長のアングルがいいのだろう。いつも次の展開が楽しみである。
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# by ts-1863 | 2004-07-01 21:20 | プロレス黄金時代 | Comments(1)
初代タイガーマスクには思いっきりはまってしまった。マスクも買った、マンガ(プロレス・スーパースター列伝)も今だに持っている。デビュー時のマスクはさすがに笑ってしまうが、ファイトスタイルは衝撃的だった。スピードあり、技の切れもあり、飛んでよし、蹴ってよし、最後はジャーマンでビシッと決める。
また、流れるような技のつなぎが実によかった。相手をコーナーにとばし、サマーソルトキック(初めてこの技を目の当たりにした!)、すかさず相手が少し出て来た所へローリングソバット。相手をねかせておいてギロチンドロップ、
そのまま後方に回転し起き上がるとすぐサマーソルトドロップ、すぐ立ち上がり
その場でバク宙してのボディプレス!思い出すだけで興奮する場面だ。
現役のレスラーで、この動きに勝る人は残念ながらいないと思う。闘龍門の選手たちがかなりいい線いっている。確かに最近の技の方が難しく、破壊力もありそうだ。コーナーポストからの”雪崩れ式〜”が今の流行りだ。破壊力・迫力はあると思うが、技を仕掛ける時に試合の流れが一端止まってしまうのが、僕には気になって仕方がない。
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# by ts-1863 | 2004-07-01 11:54 | プロレス黄金時代 | Comments(0)